大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(く)247号 決定

所論の要点は,原判決は,いわゆる三者即日処理方式による略式手続においては起訴状に被告人として表示された者が被告人であると解するのが相当であり,本件被告事件における略式命令の効力は被告人として起訴状に表示された森春見について生じ,森春見と自称するこれとは別人の星登美夫について生じたものとすることはできないから,右被告事件につき同年6月16日墨田簡易裁判所がなした略式命令に対して検察官よりなされた被告人氏名を自称森春見とする正式裁判の請求は,本件の略式命令の効力を受けない者についてなされたことに帰するから,不適法である,として刑訴法468条1項により正式裁判請求を棄却している。しかしながら原決定は次のような理由により法律の解釈適用を誤つた違法があるというべきであるから,取り消しを免れない。…中略…すなわち,本件はいわゆる三者即日処理方式とは異なり身柄逮補中の在庁略式により無免許運転事犯が処理されたものであるが,本件につき起訴された被告人は森春見こと星登美夫であることが明らかである。本件においては星登美夫が森春見の氏名を冒用したところ,検察官においてはこれを確知しえなかつたため被告人の氏名を被冒用者である森春見として表示し起訴せざるをえなかつたものの,検察官としては同年6月16日通常逮捕した自称森春見こと星登美夫を即日身柄拘束中のまま逮捕中在庁方式によりその旨を記録に表示したうえ起訴したものであり,引き続き同日身柄拘束中に同人に対し裁判所より略式命令が発出され告知されたものである。してみると,同人以外の別人が被告人として行動する余地は本件に関する限りなかつたことが明らかであり,検察官も同人を起訴する意思でその手続を措り所要の手順を踏んだところである。しかるに原決定はいわゆる表示説をとり被告人を森春見と解し,最高裁判例(昭和50年5月30日最三小決・第29巻5号360頁)にしたがい前記のとおり本件略式命令の効力は森春見について生じ星登美夫については生じないとしたのである。しかし,原決定引用の判例は本件に適切でないというべきである。何故なら,前示のような経緯のもとでは検察官が星を被告人とする意思で起訴したのであり,星も被告人として振舞つたのは勿論裁判所も現に身柄拘束中の自称森春見実は別人の星登美夫を被告人として取り扱つたものであるから本件略式命令の効力はいわゆる三者処理方式の場合とは異なり自称森春見こと星登美夫に及んだものとしか考える余地のないところである。そうすると,正式裁判請求の結果森の氏名を冒用した星につき有効に裁判が係属していると解されるから,公判手続において氏名の訂正をすれば足りることとなる。となれば,いわゆる三者処理方式についての場合に関し判示した前掲最高裁判所の示す判断は本件には妥当しないものというべきである。本件略式命令の告知を受けた検察官は前記6月16日の2日後に早くも指紋照合の結果被逮捕者は森春見ではなく星登美夫であると割り出された資料をもとにしてこれに対し法定の期間内に適式に正式裁判の請求をなし同時に起訴状記載の被告人の表示を森春見から星登美夫と訂正する申立をおこなつたのにかかわらず,原決定は前記の如き理由で適法なこの請求を棄却したのであるが,これは明らかに刑訴法468条1項を適用する余地のない本件につき同法条を適用したものであつて同法条の解釈適用を誤つたものというほかはない。

仮りに本件略式命令の効力が森春見に生じたと解する余地があるとしても原決定はやはり同法条の解釈適用を誤つたというほかはない。何故なら刑訴法465条は略式命令を受けた検察官に正式裁判を請求する権利,すなわち公判手続を開くことを求める権利を与えているところからみて,正式裁判の請求は必ずしも略式命令に対する不服の申立ではないと解されるが故に検察官がこの請求をするにあたつては必ずしも理由を付する必要はなく,また略式命令の告知により一旦対外的に効力の生じた略式命令を裁判所が特段の事情のないかぎりこれを取り消し,撤回することは許されず検察官が法定の期間内に正式裁判の請求をした以上その請求は適法として扱うべきものであるから,前示のような理由で正式裁判の請求を棄却した原決定はこの点においても刑訴法468条1項の解釈適用を誤つたというべきである。

結局,検察官の正式裁判請求により裁判所は通常の審判に移行し検察官の訂正申立書のとおり起訴状記載の被告人の表示を森春見こと星登美夫として審理をすすめ実体判決をなすべきであつたのに原決定は誤つてこれを棄却したのであるから,原決定の取り消しは避けられない,というものである。

そこで検討を加えるが,まず本件の経緯並びに履践される手続の実際は一件記録によると次のとおりである。

1(1) 自称,森春見なる者は昭和59年6月16日無免許運転のかどで通常逮捕されたが,即日,同人に対する取調べがなされ当日墨田簡易裁判所において「逮捕中在庁方式」により身柄拘束のまま本件略式命令が発せられたこと

(2) ところが指紋照合などの結果無免許運転をなした者は森春見に間違いはなかつたものの右の逮捕されて略式命令を受けた森春見なるものは当の本人ではなく森春見の名を冒用し同人になりすまして略式命令を受けた身代り犯の疑いが持たれるに至り,捜査の結果自ら身代りとなつた者は星登美夫であることが程なく判明したこと

(3) そこで検察官は同月29日被告人氏名を自称森春見として前記略式命令に対し正式裁判を請求したうえ,墨田簡易裁判所よりの求釈明に対し自称森春見は起訴状や略式命令書に記載された被告人森春見とは別人であり森春見と名乗つて行動した男は星登美夫と推定されるが所在不明のため判明次第明らかにすると釈明したうえ9月28日資料をそえて被告人の表示に関して起訴状訂正申立書を提出した。ところが同裁判所は同年10月9日前記のとおり正式裁判請求を棄却したこと

2 ところで逮捕中在庁略式方式の被疑者ないし被告人の身柄の取り扱いは一般には以下のとおりである。まず逮捕後身柄を連行してきて司法警察員に引致のうえ,顔写真を撮影10指指紋を採取し,被疑者としての取調を行つて事件記録を身柄付きで区検検察官に送致し検察官も取調べた結果身柄を裁判所に連行し被疑者自身が略式命令の告知及びその謄本の交付を受けるという扱いによりなされるのが通例である。そして本件の場合もそのような手順でなされたものであること,逮捕中在庁方式といわゆる三者即日処理方式との相違する点は前者においては交通切符による取扱いが適用されず,通常の送致書を作成して身柄拘束中であることを明らかにして送致する扱いとなり,送致書欄外に逮捕中在庁略式の符せんを付して裁判所に起訴手続をとる点,身柄は終始看守されて,検察官の取り調べも略式命令の告知も身柄の連行を求めておこなう点に存すること

以上の経緯と実務の実際とが認められる。

3 以上の事実並びに取扱いによると,(1)被告人は起訴状,略式命令上ともにその形式は森春見と記載はされているものの,その実質は,被告人なるものは現に逮捕拘禁されている当の身柄について表示されているものと解してよいこと,(2)本件の被疑者ひいては被告人とされる者は捜査段階から起訴に至り更に略式命令の告知に達する一連の処理の間にあつては引続き逮捕中であつたのであるから,公訴の提起にあたる検察官の意思はまさに逮捕中の森春見と称する星登美夫その者を対象とし被告人として扱うというところにあつたと考えてよい客観的情況下にあること,逮捕に基づく捜査の結果,裁判所においてその者の顔を目前にする機会はないとしても指紋票などにより,右の一連の手続の間,被告人の同一性が確保されており,特に逮捕中在庁略式の場合は三者処理方式の場合と異り逮捕された者以外の者に対して略式命令の告知,謄本の交付などの所要の手続がなされる余地の全くないこと,(3)裁判所も逮捕された者その者を,被告人として実質的に扱つていること,(4)現実に被告人とされた被逮捕者はその氏名は不実のものとしても前述の如き一連の処理手続のもとではその実自ら被疑者として積極的に関与し,被告人として主体的に振舞つていること,

などの諸点を考慮すると,少くとも逮捕中在庁略式方式により処理される場合は被告人は起訴状の形式的な表示にかかわらず逮捕された当の者,本件では星登美夫と解するのが相当である。この法理によればこの者が被告人としてその氏名をかたつた森春見名義の略式命令の謄本の交付を受けたときはその命令の効力は森春見の氏名を冒用し逮捕された星登美夫について生ずるものとすべきである。

いわゆる三者即日処理方式のもとにおける実質的な意味での被告人を定める基準につき判断を示した原決定引用の判例は本件の如き事案についてまでその趣旨が及ぶものと解することはできない。

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